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スターバックスで考える社員教育

離職率の低いスターバックスが従業員に徹底している5つのポイント - リクナビNEXTジャーナル
http://next.rikunabi.com/journal/entry/20140926
 
この記事を見ると「なるほどなー」と思うこと多数。
自分の仕事に誇りを持ち、目標を持って助け合いながら仕事を進める。
それらが職場環境を良くし、帰属意識にも結びつき、離職率も低くなる。
 
 
SIerのSE教育(とくにフィールドSE)は、社内での教育は意味が無いと云われるが、それは教育の意味を理解していない人が云うに過ぎない。
 
社内教育が必要なのは、技術習得もあるが、それ以前に「入社した会社の社員である」という帰属意識を持たせることにある。

入社した人間を直ぐに現場に出してしまうような会社では、入社した人間自身が、どこの会社の人間なのか判らなくなってしまう。
良く聞くのが「自分の会社は給料を振り込んでくれるだけの存在」という話。
これでは派遣会社に入ったのと同じである。

【入った会社の人達の中で、教育を通して会社のビジョンやミッションを教えられ、自分の役割を認識してモチベーションを高める】
といった事が必要で、そういった事をすることで、帰属意識が高まっていく。
※もちろん社員間の繋がりで帰属意識を高めていく事も重要であるが。
 
 
ちなみに飲食もITも離職率が非常に高い。
IT業界は、建築業界だけでなく飲食業界に学ぶ事も多そうだ。

心の距離と論理的距離

あぁ、まさに東京時間の中で生まれ育った側からすると、ほんと、「全て自分でなんとかしないといけない」と生きて来た訳で。

実際、全て自分でなんとか出来てる訳ではないのだけれど、心底では頼ってはいけないとい気持ちもあったりする。
その辺りが、東京という都市に住む人同士の「心の距離」を、広くしてしまっているのかと。
 
しかし、心の距離は広くなれど、地方と東京の論理的距離は、ITの力を借りて益々近くなっていく訳で、東京で仕事をしていく中でも、しっかりと地方を意識しなければいけない時代になってくるのだろう。

 
余談だが、急いでもいないのに、閉まりかけの電車に駆け込み乗車する件、昔の自分はそうであったが、ある時から止める事にした。
働きマンのひとコマを見て、ふと思ったのがキッカケだが、「急がないことで発生する待ち時間」を無駄な時間と切り捨てず、有効な時間として活用するようにしようと考えたからである。

 

business.nikkeibp.co.jp

自由を得るには不自由が必要である

【自由を得るには不自由が必要だってこと】

高校の時に同級生が「俺は自由で居たいんだ!」と言って中退していった時に、自分が思ったこと。

約20年の時を経て改めて整理すると【制約を受け入れて、初めて自由を得ることが出来る】という事になるのかと。
 
 
さて、昨今ほとんどの「自由が欲しい!」と言ってる人達は、どうにも自由を履き違えている人だらけ。
 
他人に迷惑をかけてまで得た自由は、果たして本当に自由と呼べるのか?
結果、自らの精神的な束縛になってはいないだろうか?
他人に迷惑をかけたのなら、せめて迷惑をかけた分をしっかりと返してからこそ、本当の自由を得られるのではないか?
 
 
かくいう私も無所属自由人を名乗っているが、ただ自由を求めて生きている訳ではない。
自由を得るためには、やるべきことをしっかりとやる、という大前提の元にしている。

更にある意味、哲学的な話になってしまうが、そもそも自分という存在を客観的に見た上でないと、「自分にとっての自由」という定義は出来ない。
にも関わらず、自分を棚に上げて、自由を!と叫んでる人が多いのは、ほんと嘆かわしいことである。


わがまま=自由では無い。
 
 
そもそも人間は自分の身体からして自由に出来ない。
食欲、性欲、睡眠欲…自分の欲求に従って欲望のままに過ごせば、結果がどうなるかは言わずもがなだ。
 
深呼吸の微調整でしかコントロールする術が無い自律神経は、自分の意志でどうにかなるものでは無いものにも関わらず、生きる上でとてつもなく重要なものだ。

そんな自分の身ですら自由に出来ない、自分という存在… 

親のすねをかじり続けるのも良いでしょう。
会社に頼るも良いでしょう。
しかし、それは自由ではなく【依存】である事に気付くべきである。
依存するなら自由を叫ぶべきではない。

ほんとうの自由とは何なのか?
自分という人間と置かれた環境を踏まえて、しっかりと考えるべきである。